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仁義なき戦い 広島死闘篇 : ミニ英和和英辞書
仁義なき戦い 広島死闘篇[じんぎなきたたかい ひろしましとうへん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [にん, じん]
 (n) kernel
仁義 : [じんぎ]
 【名詞】 1. humanity and justice 2. duty 3. (gang's) moral code 
: [ぎ]
 【名詞】 1. justice 2. righteousness 3. morality 4. honour 5. honor 
: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 
: [しま]
 【名詞】 1. island 
: [し]
  1. (n,n-suf) death 2. decease 
死闘 : [しとう]
 (n,vs) struggle "to the death"

仁義なき戦い 広島死闘篇 : ウィキペディア日本語版
仁義なき戦い 広島死闘篇[じんぎなきたたかい ひろしましとうへん]

仁義なき戦い 広島死闘篇』(じんぎなきたたかい ひろしましとうへん、''Battles Without Honor and Humanity: Deadly Fight in Hiroshima'' )は、1973年日本映画。『仁義なき戦いシリーズ』の第二部で、製作は東映
== 解説 ==
第一部撮影中に第二部の公開が決定されたが、週刊サンケイでの連載が追いつかなかったため、脚本を担当した笠原和夫は第一部と重なる1950年(昭和25年) - 1953年(昭和28年)の第一次広島抗争を舞台に、実在した二人のヤクザである山上光治(劇中:山中正治)と村上正明(劇中:大友勝利)をモデルにして、彼らにフォーカスした内容を執筆した。山中と大友という対照的な男の軌跡を描いていることから第一部のような群像劇ではなく、シリーズの主人公である広能昌三(菅原文太)も狂言廻し的役割である〔東映キネマ旬報 2009年冬号 Vol.13 10-11頁〕。1927年生まれの笠原和夫は大日本帝国海軍への入隊経験があるため、世代的に「復員兵である山中に思い入れが深い」と語り〔、笠原がバイブルとする『人間の条件』(アンドレ・マルロー)のテロリスト・陳(チェン)と〔「鎧を着ている男たち」 徳間書店、1987年6月、232 - 234頁。〕、自身が執筆した『日本暗殺秘録』のテロリスト・小沼正を、山中のキャラクターに反映させている〔〔。その一方で笠原より3歳年下の監督・深作欣二は、入隊を免れた世代であることから「欲望のままに行動する、戦後世代の大友のほうに魅かれる」と語っている〔〔千葉流 サムライへの道、42頁。〕。
配役はもともと千葉真一が山中正治、北大路欣也が大友勝利でクランクインするはずだったが、北大路が「山中の方が自分のキャラクターに合っているのでは? それにセリフがどぎつすぎる大友はできない」、「大友は粗暴で下品すぎて、どうしても自分では演じられない。山中のほうをやらせてくれないか〔千葉流 サムライへの道、41頁。〕」などと言い出し、配役の入れ替えを要求した。そのためプロデューサーの日下部五朗と宣伝担当者らは千葉を突然訪ね、「山中と大友を交代してもらえないか」と依頼〔〔〔〔。セリフを全て覚えて撮影に入る直前だった千葉は〔、東映と笠原が「小沼を好演して、京都市民映画祭の演技賞を獲得した千葉に、山中を演じさせよう」というキャスティング経緯から〔、初めは交代に難色を示した〔。ほどなくして深作欣二が交代に反対していないことを知った千葉は、似たような役を再び演じることは俳優として停滞するのではないかと再考〔千葉流 サムライへの道、41 - 42頁。〕。「役作りし直すから、出番を少し後にずらしてほしい」と最終的に交代を了承し〔、千葉を大友、北大路を山中に入れ換えることとなった。深作は唯一人キャスティング会議で、「千葉に大友を演じさせたほうが、絶対おもしろくなる〔千葉流 サムライへの道、42 - 43頁。〕」と主張していた。大友はシリーズ中1、2を争う名キャラクターとして人気が高く〔、千葉自身も忘れられない役柄として挙げており、後のやくざ映画でも「仁義なき戦いの千葉真一さんがやった大友勝利のような」と影響を与え続け、ヤクザ役のひな型となっている〔。大友は人気キャラクターだけあって主人公にした企画が出され〔、第四部『仁義なき戦い 頂上作戦』にも登場する予定だったが〔小林信彦 『映画を夢見て』 筑摩書房、1991年、177 - 185頁。〕、千葉は主演映画殺人拳シリーズ』の撮影に入っていたために実現せず〔千葉流 サムライへの道、48 - 49頁。〕、第五部『仁義なき戦い 完結篇』では大友が再登場したものの、宍戸錠が演じた〔( ⇒ #逸話千葉真一#転機仁義なき戦い#出演者)。
本作で菅原文太の出番が少ないことに笠原和夫は菅原から了解を得ていたが、1週間たったら菅原が「出番が少ないなら出られない」と言い出した。菅原は第一部のプロデューサー俊藤浩滋の息がかかっていたからである。大喧嘩となって笠原は菅原に「お前、表に出てやるか!」と言うと「そっちがやる気なら、やってもいいです」と菅原は言うので笠原は「ふざけるんじゃない。俺がガラスの瓶、パンと割ってお前の顔を傷つけたら、もう役者としてやっていけないんだぞ。それでもやる気があるのか!」と言うと、深作欣二が間に入ってその場は収まり、二部以降は菅原なしでやると決まっていた。そうしたら菅原が「出させていただきたい」と侘びを入れ、続投となった。菅原はこれを機に俊藤と別れたというが、菅原のいないシリーズになっていた可能性もあったわけである〔『昭和の劇:映画脚本家 笠原和夫』笠原和夫他、p298〕。初公開時には主役の菅原文太がチョロっとしか出てこない展開に映画ファンは驚いた〔『ENTAME』、2012年5月号、徳間書店、p83。〕。
大友勝利が口にした「オメコ」は、日本映画で初めて使われた〔「サルに教える映画の話」井筒和幸バジリコ、2005年10月、p80-81。〕。山中正治が自決する時と初めて殺人を犯した後の二度口笛を吹く「予科練の歌」は、笠原が広島で取材した当時共政会二代目会長だった服部武から聞いたエピソードが元である〔『映画秘宝』、2013年4月号、p53〕。
2003年、同じ抗争を題材に製作されたVシネマ『新・広島やくざ戦争武闘派列伝 伝説の広島極道 山上功治の生涯』(辻裕之監督)では、山上光治(山中正治)を小沢仁志、村上正明(大友勝利)を竹内力が演じている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「仁義なき戦い 広島死闘篇」の詳細全文を読む




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